お釈迦さま33 ビンビサーラ王

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お釈迦さま33 ビンビサーラ王

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2017/06/30 お釈迦さま33 ビンビサーラ王

 お釈迦さまは、当時インドでも強大な勢力を誇っていた、大国であるマガダの首都、ラージャグリハに入られます。事火外道のウルヴェーラ・カッサパをはじめ、1000人からなる弟子たちを連れてのことでした。

 

 マガダ国の王、ビンビサーラはお釈迦さまに会い、深く仏教に帰依されたといいます。非常に優れた王であったとされます。

 

 ビンビサーラは、漢約で「頻婆娑羅(びんばしゃら)」と読み、世に言う王舎城(おうしゃじょう)の悲劇で殺される王のことです。そして、この王舎城は、サンスクリット語で「ラージャグリハ」と読みます。

 

 ラージャグリハでは、あるジャイナ教の長者がお釈迦さまに帰依し、竹林精舎をいう寺院を寄進されます。そこにビンビサーラ王が、伽藍を建造したとも言われています。
 また、このビンビサーラ王は、お釈迦さまがおられた霊鷲山(りょうじゅせん)とよばれる場所に説法を聞きにいく為、道を作らせました。ビンビサーラロードと呼ばれ、今日も残っています。また、この霊鷲山はサンスクリット語で「グリドラクータ」パーリ語では「ギッジャクータ」と呼ばれます。パーリ語の音写が「耆闍崛山(ぎしゃくっせん)」とされます。

 

 余談ですが、ビンビサーラ王は火事が多いことを気に病み、火事を出したものは家ごとラージャグリハの外へ移転させると決めたそうです。ところが、そのお触れを出してから一番先に火を出したのが、他でもない、王の居城だったそうで、少しの間、ラージャグリハから外へ出た。という話があります。真偽のほどは分かりませんが、非常に真面目な性格を思わせるエピソードとして紹介させていただきます。

 

 次回はいよいよ、お釈迦さまの二大高弟、といわれたサーリプッタとモッガラーナが登場します。

 

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